Nihongo Work

オリジナル翻案

乙姫編 第三話「百年が、水のように」

 たくうえさらは、いまではただの灰色はいいろかたまりせているだけになった。

 人魚にんぎょたちは、いつからか広間ひろま姿すがたせなくなった。だれえんひらこうとはわなくなり、給仕きゅうじも、らくかなでるものも、じゅんなくなった。めるにはなれなかった。ぬしきゃくのいないせき片付かたづけずにいるしろで、はたらきたいものなどいない。

 はしらかげに、蜘蛛くもっていた。最初さいしょいちぽんいとつけた乙姫おとひめはそれをはらいのけた。でもつぎには、またあたらしいいとられていた。さんからは、はらうのをやめた。いまでは広間ひろま隅々すみずみまで、しろいとめぐらされている。竜宮城りゅうぐうじょう全体ぜんたいが、おおきなまゆなかしずんでいくようだった。

 彼女かのじょ毎日まいにちおな場所ばしょすわり、おな旋律せんりつく。ゆびうごきは、もうかんがえなくても勝手かって鍵盤けんばん辿たどる。こころはどこかべつ場所ばしょにあった。

 いちだけ、やめようとしたことがある。

 みちはもうじている。かれもどってこないことは、はじめたそのからまっていた。まっていることをつづけるのは、つとはわない。ただのくせだ。そう自分じぶんかせて、乙姫おとひめ鍵盤けんばんふたろした。

 広間ひろまが、しずかになった。

 みずおとだけがのこった。それは彼女かのじょがこのしろまれてから、ずっといてきたおとのはずだった。けれどその水音みずおとは、みみふさぎたくなるほどおおきかった。旋律せんりつっていたあいだ、このおとこえていなかったのだと、そこではじめてづいた。

 みっと、もたなかった。

 乙姫おとひめはまたふたけた。ゆびくと、からだ勝手かってはじめた。やめようとして、やめられなかった自分じぶんを、彼女かのじょめなかった。めたところで、明日あすおなじことをするにまっていたからだ。

 どれだけの歳月さいげつぎたのかは、わからない。

 ひゃくねんみずのようにぎる、と乙姫おとひめおもう。うみそこでは、時間じかんながれるというより、ただちてはくだけのものだった。かぞえようとしても、ゆびをすりけていく。

 おぼえているのは、かれこえだけだった。

 かおは、すこしずつ曖昧あいまいになっていった。さかずきかたちも、わらうときののたたみかたも、おもそうとするたびに輪郭りんかくがぼやける。けれど、あのよるかさなったひくこえだけは、いつまでもみみおくのこっていた。旋律せんりつくたび、そこにかれこえってくる。もうだれうたっていないのに、乙姫おとひめみみにだけは、二人ふたりぶんおとこえていた。

 もし浦島うらしまいま、どこかできているとしたら。いたからだで、らない時代じだいを、どんなかおをしてあるいているのだろう。想像そうぞうしかけて、乙姫おとひめはやめた。想像そうぞうすれば、つことがもっとくるしくなるだけだったから。

 ただ、からだなかいた場所ばしょだけは、いつまでもまらなかった。

 ねがいをひとつ、くしたのだ。かれかえってこられるようにとねがった、そのねがいを。たせたねがいは、かれなかでほどけてえた。そのねがいは、なんひとつかなわなかった。

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